コーチングスクールの大罪

私は、コーチの肩書きを持つ人を少なくとも200人以上知っています。

しかし、そのほとんどがプロとしてコーチングで生計を立ることができていません。

さらに言えば、プロコーチとして生計を立てていると主張している人の大半は、実際にはセミナーや研修、講演会や書籍の出版などで稼いでいます。

つまり「コーチングセッション」で十分な稼ぎを得ている人は、日本にほんの一握りしかいないのが事実でしょう。

ところが、コーチング産業はにわかに賑わっています。

その理由の最たるものは、コーチングスクールの存在です。

彼らのビジネスモデルは、ライセンス発行ビジネスです。

つまり「コーチになって稼ぎましょう」を合言葉にコーチを育てることで儲けを出しています。

極論を言ってしまえば、卒業生がコーチとして活躍できようができまいが、コーチングスクールのブランドが維持されていれば関係ないのです。

もちろん、ブランドを維持するには、卒業生の一部が実際に活躍する必要があるでしょう。

でも、そんなのは卒業生の中の、ほんの数名で十分なのです。

その数名をちらつかせて「あなたもこんな風に成れます!」と勘違いさせてスクールに通わせる。

それがコーチングスクールの実態です。

ところが、事態はさらに複雑です。

ほとんどのコーチングスクールが、事業拡大の為の仕組みを持っています。

一般にトレーナーと言われる存在です。

コーチとして生計が成り立たない代わりに、今度はトレーナーをちらつかせます。

「トレーナーになって稼ぎましょう!」

それを武器に、受講生にさらなる受講料を突きつけます。

その結果、どうなるか?

優秀な、いえ、スクールにとって好都合な、つまり、より多くの生徒を集めることが出来るだけのコマが揃うわけです。

この繰り返しが、今のコーチングスクールの反映をもたらしていると言っても過言ではないでしょう。

もちろん、全てのコーチングスクールとは言いません。

ただ、あまりにもこの構造が目立つ業者が多いのも事実です。

そもそも、人の人生や、時には生命にまでも影響を及ぼすほどのコーチングが、それほど簡単にマスターできるなど、ありえない話ではないでしょうか。

どこの世界に「座って何時間か講義を聞けばプロ野球選手に成れます」と言ったスクールが存在するでしょうか?

あるいは、あなたは、わずか数十時間の講義を聞いただけの医者の手術を受けたいと思いますか?

なぜコーチなら許されるのでしょうか?

正直、コーチングを馬鹿にしているとしか思えません。

当然、コーチングスクール側は私の意見に反論するでしょう。

「うちのスクールは講義だけではなく、実際のセション時間数によって判断している。」

はい。時間ですか?

時間さえかければ、誰でもプロ野球選手になれると主張されるのでしょうか?

おかしな話だと思います。

もしくは「コーチングはプロ野球選手と違って、誰でも訓練でプロになる」とお考えかも知れません。

我が師匠、アンソニー・ロビンズの言葉を借りれば、コーチングには2つの軸があります。

1:達成の科学

2:充実のアート

1の科学は体系化されているので誰でもマスターできるでしょう。

問題は2番です。誰でも練習さえすれば一流のアーティストになれるとは限らないのです。センスや環境など、様々な要因が必要となるでしょう。

ところが、コーチングの世界ではこれらのことが全く無視されています。

もちろん、野球をプレーする誰もがプロを目指す必要もプロである必要もありません。

ただの楽しみのために野球をしてもいいのです。

健康のために少年野球チームに入ってもいいのです。

その意味では、誰もが気軽にコーチングを学べる環境を作るのは素晴らしいことだと思います。

ただし、プロコーチは話が別です。

そんなことはお構いなしに玉石混交の状態でコーチが活動しているので、問題が起こっています。

実際に「コーチングを受けても効果がなかった」とか「コーチは胡散くさい」といった評判を頻繁に耳にします。

もっと命がけで本気でコーチングに取り組んでいるコーチが増えることを心から願っています。

もちろん、私はその一人としてこれからも活動していきます。

 

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